第3回寄稿 ヴァージン砧「甘味は同じく」

       佐藤佐吉演劇祭2022の関連企画として開催される『見本市』

活動最初期にあたる9団体を選出し、ショーケース型の公演を行います
【公演詳細】
佐藤佐吉演劇祭2022 関連企画 ショーケース公演「見本市」
2022年4月7日(木)ー10日(日)@北とぴあ カナリアホール

みなさん、はじめまして。窓口担当の平井です
見本市の"カタログ"をつくるべく、インタビュー企画に続いて"団体からの寄稿"を集めました
今度は彼彼女ら自身の"言葉"に耳を澄ませてみてください✨
「見本市カタログをつくろう」第3回目の寄稿はヴァージン砧さんからお寄せいただきました


 だいたいからしておかしいとは思っていたのである、森先生が。一番はじめに引っかかったのは、おりょうりセットである。おままごと用のおりょうりセット。にんじんときゃべつとおさかなの、小さいのがあった。プラスティックのやつだ。どれも真ん中から分かれていて、マジックテープが付いている。でも、肝心の切るものが無いのだ。子供たちは野生児みたいに素手でにんじんときゃべつとおさかなを割っていた。ほうちょうが無いじゃないの。
 まあその時は、誰かが失くしちゃったんだろうくらいに思っていたが。

 ある時、幼稚園中のなわとびが失くなった。これまた気づかないうちに失くなっていた。ひまわり組のマルちゃんが「よーこせんせ、なわとびどこ」と聞いてきてはじめて気づいたのだ。そういえば校庭からヒタンヒタンヒタンという音がしなくなっている。悲しかった。失くなったことがではなく、それに気づかなかった自分が。心底悲しい、と思った。

 職員室で重々しく口を開いてそのまま閉じることができなくなる。森先生が軽く笑いながら、捨てときましたよ。私が。と言ったから。
 その時はおもちゃのほうちょうも、なわとびも、鬼ごっこも、水筒も、フォークも、折り紙手裏剣も、つみきも、同じことだとは思わなかった。だって、おもちゃのほうちょうも、なわとびも、鬼ごっこも、水筒も、フォークも、折り紙手裏剣も、つみきも、同じことだなんて思わないでしょう。でも実際、おもちゃのほうちょうも、なわとびも、鬼ごっこも、水筒も、フォークも、折り紙手裏剣も、つみきも、全部同じことだった。全部全部森先生が失くしたものだった。森先生が何を失くして何を失くさなかったのか、分からなかった。分からないことは一番嫌なこと。

 森先生は、暴力的に見えるものを徹底的に排除した。それはもう、暴力的なまでに排除した。こどもたちのみらいのためである。私たちが育てていくのは単なる子供ではない。この国の未来である。穏やかで美しいこの国の未来をつくる。そのために、私たちは暴力性を排除すべきなのである。


 駅を降りるとまず階段を登る、脇には仮設のかなり簡単なお店があり色とりどりのポップコーンが売っている。きっと全部同じ甘味料味だし、やたらと気取った値段だ。800円もの大金を店員さんに渡して、軽く不確かなそれを手に持った。赤のポップコーンを食べて緑のポップコーンを食べて、口がねっちょりとする。ポップコーンの表面にネッチョリがこびりついているのだ。階段を登るとチェーンのケーキ屋さんがある。いちごがひとつだけ乗ったショートケーキとたくさん乗ったタルトケーキ。焼いたチーズケーキとレアのチーズケーキ。ひとつずつ買った。待ちきれなくて、信号を待ちながら手づかみで食べる。全部おんなじ味がする。甘い。甘くてたるい。胃がムカムカする。やたらと涙が出てくる。私は、私は、これらが同じでも嬉しい。これらが同じでも嬉しいということが嬉しい。悔しい。嬉しいということを誰にも教えてあげられない自分が悔しいのだ。もしここに屋台の焼きそばがあったら、きっと砂まみれでも買う。キャラクターが載ってるってだけでイカれた値段の綿飴、焼いただけのイカ、ヤクザのやってるくじ引き、私は全部全部手に持ちたい。だってあることが嬉しいから。あることだけが嬉しいから。
 足元にホイップクリームの階段があって、それを誤らないように早まらないようにと踏んで歩く。段々と高い位置へと運ばれていく。いつの間にか靴なんか履いていなくって、素足にまとわりつく油が気持ち良い。時々キウイを踏んで、ピーチを踏んで、クッキーの看板を見る。クッキーが速度制限を伝えていて、見とれていたらプチプチプチという音がした。足元を見ると、私は蟻の大群を踏み締めているのだ。あ、と思ったら、ずぼずぼずぼと落ちていく。不確かな生クリームの中に埋もれて落ちていく。スポンジは私を受け止めきれず止まることができなかった。気づかずにケーキを切る女。私の上に刃が降りる。半分になれたら嬉しいだろうか。甘くて美味しかったはずの生クリームが油まみれの洪水に見えても。嬉しがり続けられるんだろうか。私は。


 今年から運動会を廃止します。もう何も考えずに打てる。けれど、飲み込まれてはいけない。飲み込まれることはない。
 明日、新しい先生がやってくる。きっと大丈夫。私が、子供たちを守るのだから。

 

 
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ヴァージン砧・主宰の香椎響子です。
上記の続きのような、または全く関係のない、お芝居をやります。
是非いらして下さい。お待ちしてます。
 
ヴァージン砧
『復刻版』
禁止されている玩具を持ち込んだ園児をめぐり、思案めぐらす2人のお話。

作演 香椎響子
出演 ながはまかほり(劇団あばば)
   古川はる

2022年4月
7日(木)15:00
9日(土)18:00
10日(日)12:00
上演 Aチームとなります。
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※次回は明日、食む派からの寄稿です。次回もまたお会いしましょう!

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